●武雄嬉野カントリークラブ
嬉野はゴルフのベースキャンプ
嬉野より車移動の場合
●武雄嬉野カントリークラブ。。5分
●武雄カントリークラブ。。。。。30分
●大村湾カントリークラブ。。。30分
●佐世保国際カントリークラブ30分
●長崎国際カントリークラブ。40分
●天山カントリークラブ。。。。40分
●多久ゴルフクラブ。。。。。。40分

●広川原キャンプ場
豊かな自然に囲まれた湖のほとりに整備された広川原キャンプ場があります。夏のシーズン中は、若者や家族連れで大変賑わい、また四季を通して、自然の散策を求めて訪れる人も少なくありません。

●みゆき公園
総面積約42ヘクタールの広大な敷地は一面に芝生が植えられ、周囲は豊かな緑がいっぱい。運動、遊戯施設も充実しており、家族連れには最適なレジャースポット。

●みゆき公園
総面積約42ヘクタールの広大な敷地は一面に芝生が植えられ、周囲は豊かな緑がいっぱい。運動、遊戯施設も充実しており、家族連れには最適なレジャースポット。

●みゆき公園内みゆき球場
両翼100mセンター125mグランド面積14,764平方メートルのジャンボ球場。
グランド内の芝生は夏芝、冬芝の二種類植えられており一年中緑の中でプレーが楽しめます
●みゆき公園内多目的広場
野球、ソフトボール2面、400mトラックを兼ねて多目的に利用できます。


●シーボルトのあし湯
この足湯では第二の心臓と呼ばれる足を温泉に浸すことによって足に水力がかかり血液の循環がよくなり肩こり、足のむくみ、痛みなどをとると言われています。

●豊玉姫神社
春日大社、住吉大神、豊玉姫大神を祭神とする神社。毎年五月二日に献茶式、十一月三日に献茶、献湯、献陶祭がおこなわれるなど、地元の人々にはいちばん馴染みの深い神社です。

●なまず社
豊玉姫神社の境内に「なまず社」があります。このなまず様は豊玉姫様のお遣いで古来より「肌の病」にご利益があると言われています。豊玉姫様は乙姫様であり、その肌は美しく、嬉野の温泉の効能と相まって「美肌の神様」として、広く親しまれています。

●轟 の 滝
流れおちる水の音が、雷のように響くことからその名がついた「轟きの滝」高さ11m、滝坪の面積は2500平方メートル、平坦地の滝にしては珍しい大規模なものです。周辺には遊戯施設を備えた公園も。

●滝の観音
その昔、孝行者の悟一がこの滝の観音様に祈願し続け父の病を治したという伝説があることから、広く人々に親しまれ今も参拝者は少なくありません。

●春日渓谷
国見岳から注ぐ吉田川沿いにある清流の地・春日渓各。いまだ、手つかずの自然がそのまま残っている。紅葉時にはその美しさが際立つ。(平成10年 新さが百景認定)
●大野原高原
大村湾が一望できる大野原高原では季節の折々でわらび採りや栗ひろいなどが楽しめます。また約600ヘクタールの高原で行われる春の野焼きは、西日本一の規模を誇ります。

●立岩展望台
海抜345mの展望台は、東西に多良岳山、北に天山、また眼下に有明海、嬉野町を一望することができます。

●大 茶 樹
樹齢340年をゆうに越え、枝張り約80平方メートル、樹高約4.6mを誇る


●不動明王と二童子像(永寿寺)
慶長19年(1614)鍋島茂教が創建した曹洞宗の寺院。不動堂には、藤原時代後期のものと推定される木彫りの不動明王と二体の童子像が安置されており、国の重要文化財に指定されています。

●瑞 光 寺
鎌倉時代末期生まれの石室善玖大禅師が関山した南禅寺派の禅宗寺院。江戸時代には長崎街道嬉野宿の本陣ともなった由緒ある中世寺院です。

●俵坂関所跡碑
 佐賀藩が関鋳に関係なく、通行人や貨物の監視を目的として設けた番所の中で最も重要とされた場所。戦摘期に始まったとされ、明治4年(1871)に廃止されました。

●不動山窯跡
上不動皿屋谷地区一帯には現在まで5基の古窯跡が確認されており3号窯跡は不動山窯跡として昭和56年に国の史跡に指定されています。
(現在は保存のため埋め戻しています)

●藩 境 石
佐賀領と大村領の国境で嬉野郷への
入り口でした。江戸時代多くの旅行者に書き残されているように、この国境に建てられた両藩の藩境石は街道の名物でした。

●キリシタン史跡
 嬉野と隣接したことから普及した不動山キリシタンの歴史。迫害の際に幼い子供たちの命が奪われた場所として史跡が建てられ、当時の悲しみを今に伝えています。

前のページに戻ります。 spa-ureshino.comトップにジャンプします。 spa-ureshino.comへのお問合せ

Copylight 2001 spa-ureshino.com All rightreserved